昨日は日曜日で、役所が休みだったし、僕自身もルナが亡くなった翌日ということで、とても疲れてしまって、一日横になっていた。
時々、ルナの遺体を見に廊下に行って、かたくなって動かないルナの寝顔を眺めたりしていた。
僕自身は、何もかも納得してもう終わったものだと思っていたが、まだ、遺体の処置は済んでいなかった。
それでも、もう泣きつくしたと思って、人間って、こんなにも簡単に悲しみを忘れることができるのかな、と思った。
今日は、月曜日。週が明けて、役所も業務を始める。
朝起きると、母から、『今日はルナの遺体を何とかしなくちゃいけないでしょ、昨日決めたことは取り掛からなくてはいけないのよ』と言われ、行動を始めようとしてた。
金曜日に、デイケアを半日で上がってきたから、センターに電話をしなくちゃいけない。
しばらく休んでいて行ったデイケアだったから、連絡する必要がある。
母に発破をかけられ、朝食を食べた後に部屋に言って電話をかけようとすると、どうしてなのか、めまいがする。
動悸がひどくなって、手に取った携帯の番号を押す気持ちがすっかりそがれてしまったのだ。
なんだか、電話をかけるのに気後れしてしまって、電話機を脇に置いて、横になる。
でも、それでは埒が明かないからと部屋から下の部屋に下りる。
僕は、すっかり、頭の血の気が引いてしまって、ふらふらと階段を下りると、ばあちゃんのベッドの脇にごろりと横になった。貧血なら、足を上げておけば、貧血なんて治ってしまうかと思ったから。でも、貧血は収まらない。
それどころか、どういうわけか、自然と涙が出てきた。悲しくもないのに...。
なかなか電話をかけない僕に痺れを切らして、母が不機嫌な声を上げる。言い訳をして、居間の電話で、センターに電話をかけた。
スタッフのU さんが電話に出たので、要件を告げようと何とか言葉を発しようとしたが、どういう訳か、土曜日の出来事を説明しようとすると、言葉が詰まってしまい、用件がなかなか言えなかった。
Uさんは、僕が狼狽して、言葉を発するのに窮しているのがわかったのか、戸惑いがちに話を終え、電話を切った。少し間をおいて、市役所の保健衛生課に電話をして、ルナの飼い犬登録の抹消をしてもらった。
...どうやら僕も、ペットロスというものになってしまったのか、と思った。
ペットロスとは、伴侶動物をなくした飼い主が、自分を責めたり、大切な存在を失った喪失感から、悲しみ嘆くことだそうだ。ごく当たり前なことだけれど、この悲しみから精神症状が出てしまうことがペットロスの怖いところだ。
まあ、一種のPTSDかうつ病のようなものだろう。
市役所に電話した後、血圧を測ってもらい、貧血状態なら少しアルコールを飲んでみたらということで、オレンジジュースにオレンジリキュールを入れて飲んだ。すこしおちつくまで休むから、と断ってから、部屋まで這い上がって横になっていた。貧血は少しよくなったが、眠くなって転寝した。
気が付いて、また下に下りると、母が、遺体の処理について問い合わせてくれていて、清掃センターに1時から4時までの間に持ってくるようにと言うことだった。本当なら、かわいいルナを清掃センターの焼却炉に入れたくはなかったけど、手術代にかなりのお金が出たし、死んでしまえば、ただの物体でしかないからという理由でそうすることにした。
昼食を食べてから、最後のお別れ写真を撮り、段ボール箱を用意してルナを車に乗せた。
ルナの籠には、菊の花1輪と、ドライフード、好物だったバナナ、遊んでいたアザラシのぬいぐるみ、葬送のための手紙を添えておいた。
写真を撮る前、乾燥して、白くなっていた目から、車に乗せるとうっすら涙が出ていた。ルナが泣いている。そう思うと、思わずまた泣けてきてしまった。
家を午後2時半ごろ出て、清掃センターまで行く。
焼却炉の前に車を止め、段ボール箱にタオルを敷き、ルナの体を寝かせた。持ってきた、花やおもちゃなどと一緒に入れ、ガムテープで封をして、外側に手紙を貼り付け、焼却炉の投入トレイの中にその箱を静かにおいて、清掃センターを後にした。中でできなかったお祈りを車の中でしていたら、またもや悲しくなってきた。
家に帰ってきたら、なんだかすべて終わった感じがして、寂しかったけれど、落ち着いたような気もする。
それでも、まだまだルナのことはいろいろな思い出とともに脳裏を掠めるから、まだまだ悲しいときもあると思う。
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